ヒップホップのトラック制作をめぐって、仕事が壊滅状態にあるという声を耳にするようになりました。生成AIが急速に広まった時期と重なるため、原因はAIにあると受け止められやすい状況です。ところが、公開されているデータと当事者の証言を並べてみると、性質の異なるいくつかの変化が同じ時期に重なり、ひとつの出来事のように見えているというのが実情に近いようです。

本稿は、特定の人物やその人々が育んできた文化の良し悪しを論じるものではありません。制作と流通の仕組みがどのように組み替わったのか、その構造に限って整理を試みます。

1.ジャンルの商業的な位置の変化

まず押さえておきたいのは、AIとは別の次元で起きている市場の変化です。米国のデータ企業Luminateの分析によれば、ビルボード200をもとにした米国のアルバム換算消費に占めるR&B/ヒップホップの割合は、2023年の41%から2026年上半期には30%まで下がりました〔注1〕〔注2〕。とはいえ、現在も米国のオンデマンド音声ストリームのおよそ4本に1本を占める最大のジャンルです。同社の担当副社長は、人気が崩れているのではなく、複数のジャンルが並び立つ構造へ移っているのだと説明しています〔注2〕。伸びているのはラテンとカントリーです〔注3〕。

つまり、ジャンル全体の商業的な取り分が相対的に縮んでいるという変化が、AIの普及とは独立して進んでいます。制作の現場で感じられる需要の減少には、少なくともこの要因が含まれていると考えられます。

2.流通に流れ込む生成楽曲

次に、流通の側で起きている変化です。音楽配信サービスのDeezerでは、AIで生成された楽曲の投稿が2025年1月時点で1日約1万曲、新規投稿の10%でした。それが2026年6月には1日平均約9万曲に達し、ピーク時には新規投稿の半数を超えました〔注4〕。

一方で、実際に聴かれている量はごく一部にとどまります。同社によれば、AI生成楽曲の再生は全体の1〜3%で、2025年にはその最大85%が不正な再生だったとされています〔注5〕。Luminateの担当副社長も、個々のAI生成楽曲はまだ聴取行動に長期的な影響を与えていないと述べています〔注2〕。供給量だけが大きく膨らみ、聴取は伴っていない状態です。この構造のもとでは、人の手で作られた楽曲が聴き手に見つけてもらうための競争が、以前より厳しくなっていると読むことができます(筆者の解釈です)。

3.置き換えは価格の低い層から

制作の現場では、どの部分から置き換えが進んでいるのでしょうか。米Rolling Stoneの取材をまとめた報道によると、サンプリングを用いるヒップホップでは、1960〜70年代のソウル音源をライセンスする代わりに、AIで架空の古い音源風の素材を生成する手法が広がっています。ある著名なエンジニアは、サンプリング型の楽曲の半数以上がこの方法で作られていると見積もっています〔注7〕。これは当事者の推計であり、統計に基づく数字ではありません。

同じ報道は、デモ録音を担うセッション奏者やスタジオアシスタントの仕事が減っていること、小規模なテレビ番組などに使われるストック音楽や制作音楽の市場がほぼ立ち行かなくなっていることも伝えています〔注7〕。ビート販売の分野では、低価格帯の汎用的なビートが、無料または安価なAI生成物に押されているという指摘もあります〔注8〕。ただしこの出典は音楽教育事業者の記事であり、実際の販売データに基づくものではありません。

反対の傾向を示す調査もあります。音響技術企業Sonarworksの委託により、英国の音楽制作誌Sound On Soundが制作者1,100人以上を対象に行った調査では、5人に1人がAIを常用し、ほぼ半数が試験的に使った経験を持っていました。その一方で、ヒップホップやラップは、ゲームや映画の音楽と並んでAIの影響を受けにくい分野と見られていました〔注9〕。

これらを重ねると、置き換えはジャンル全体に均等に及んでいるのではなく、価格が低く代替のききやすい層から先に進んでいると整理できます。そして、その層は多くの場合、若い制作者が最初に仕事を得る入口でもありました(筆者の解釈です)。

4.一人で完結する制作環境

制作環境そのものの変化も見逃せません。2026年9月に公開されたあるDJ・プロデューサーへの取材記事では、同席者が、別の音楽家が以前のような上下関係はなくなったと話していたことを紹介しています。そのうえで同席者自身の観察として、今の若い世代はトラック制作から録音、配信までを一人で完結でき、一人で世に出ることもできるため、上の世代と関係を結ぶ機会そのものが少なくなっていると述べています〔注10〕。

これを構造の側から言い換えると、制作の分業が必須ではなくなったことで、分業に付随していた紹介や同行、現場での見習いといった関係も、必須ではなくなったということになります。同じ記事のなかでは、シーンが大きくなり収益が生まれるようになったことを成長と認めつつ、その陰で失われたものもあるはずだという見方も示されています〔注10〕。

ここで注意したいのは、この変化が生成AIの登場より前から始まっていた点です。2012年に始まったテレビ番組発の高校生向けラップ大会の動画がインターネットで広まり、それまで愛好家向けだったMCバトルが幅広い層に届く娯楽になったと指摘されています〔注11〕。音楽番組や動画配信、SNSを通じて、地域の現場を経ずに世に出る道は十年以上前から少しずつ開かれていました。生成AIは、この流れを始めたものではなく、一人で完結できる状態を最後に完成させた要素と見るほうが実態に近いと考えます(筆者の解釈です)。

5.入口を管理する機能の移転

では、かつて地域の現場が担っていた役割は消えたのでしょうか。

都内のクラブで長くパーティーを主宰してきたオーガナイザーは、2026年10月の取材で、ある配信メディアとそのオーディション番組を中心とする経済圏に入らないと大きく売れるのが難しくなっていると述べています。MCバトルや大規模公演を含め、ほぼすべての場がその影響下にあるという見方です。同時に、現状では受ける恩恵のほうが圧倒的に大きいとも語っています〔注12〕。さらに、若い世代にとってはクラブがあまり重要ではなくなっているのかもしれないと感じていること、小さな会場から始めてSNSやオーディション番組で知られると、都内の主要なクラブを経ずに大型会場での公演に進む例があること、出演料が上がりクラブの規模では招けないアーティストが増えていることにも触れています〔注12〕。

数字もこの観察と整合します。そのオーディション番組の2026年の応募者は1万2,953人で、シリーズ最多となりました。優勝者に贈られる活動資金もシリーズ最高額の1,000万円です〔注13〕。前年の応募者は6,780人でした〔注14〕。また、国内最大級のヒップホップフェスティバルは、音楽専門チャンネルを運営する企業の主催により、幕張メッセで3日間、60組規模で開かれています〔注15〕。同フェスでは2026年、パーティーカルチャーに焦点を当てたステージが新設され、そのステージは配信の対象から外されました〔注16〕。

以上から読み取れるのは、新人が世に出る順番や機会を左右する機能が消えたのではなく、地域ごとに分散していた結節点から、少数の全国的なメディアやフェスティバルへと集約されつつあるという構図です(筆者の解釈です)。入口の管理は弱まったのではなく、管理する場所が移ったと言えるかもしれません。

6.夜の対面の場を支えていた消費の変化

地域の現場を経済的に支えてきた条件にも変化があります。ニッセイ基礎研究所が厚生労働省の国民健康・栄養調査などをもとに分析したところ、20歳代のおよそ6割が日常的にほとんど酒を飲まない生活を送っていました〔注17〕。深夜の営業が酒類の売上に支えられてきた業態にとって、この変化は来場者の数とは別の形で効いてくると考えられます(筆者の解釈です)。もっとも、前述のオーガナイザーは世代の違う相手との距離を酒で埋めていると語っており〔注12〕、酒が人をつなぐ役割を失ったわけではありません。

7.縦の関係を一括りにしない

ここで、ひとつの前提を確かめておく必要があります。ヒップホップの世界の人間関係を、日本社会に一般的な年功の序列と同じものと見なしてよいのか、という点です。

2015年のあるラッパーへのインタビューでは、日本の文化が縦の序列を重んじるのに対し、ヒップホップの世界は職人の世界と同じように、入った時点でそれまでの経歴が消え、上下関係に年齢が関係しなくなると語られています。年下の先輩もいれば、君付けで呼ぶ年上もいる。縦と横が混ざった斜めの関係だという表現です〔注18〕。

この見方に立てば、いま縮小しているのは特定の人間関係の型というより、その関係が担っていた入口の機能のほうだと捉えるのが適切でしょう。本稿は、その関係のあり方そのものの是非を判断する立場をとりません。

8.法と制度の揺り戻し

最後に、制度の動きです。2025年10月にユニバーサル ミュージック グループが楽曲生成サービスのUdioと〔注19〕、同年11月25日にはワーナー・ミュージック・グループがSunoと〔注20〕、それぞれ著作権訴訟で和解しました。ドイツでは2026年7月31日、ミュンヘン第一地方裁判所が、楽曲をモデル内に保持することは複製権の侵害にあたると判断し、Sunoに使用の差し止めと損害賠償を命じました。この判決はまだ確定していません〔注21〕。米国では2026年10月21日、独立系音楽出版社のReservoir Mediaが1,050曲をめぐってSunoを提訴しています〔注22〕。配信の側でも、BandcampはAIで全部または大部分が生成された楽曲を禁止し、TIDALは完全なAI生成楽曲を報酬の対象から外しました〔注6〕。

学習の対価を支払わせる仕組みは、少しずつ整いつつあります。ただ、その対価が届くのは、まず音源や楽曲の権利を持つ側です。権利を持たない立場で制作に関わる人々の仕事がこの仕組みによって守られるのかどうかは、現時点ではまだ見えていません(筆者の解釈です)。

9.確認できなかったこと

本稿にはいくつかの限界があります。日本国内のトラック制作の依頼件数がどう推移しているかを示す公開データは、見つけることができませんでした。地方のクラブの閉店数や、深夜に営業する遊興飲食店の許可件数の推移も、確認できていません。米国でユニバーサルとソニー・ミュージックがSunoを訴えている裁判では、学習がフェアユースにあたるかどうかの判断が、2027年後半以降になる見通しと報じられています〔注23〕。当事者の観察として引いた証言は限られた数の取材記事によるもので、シーン全体を代表するものとは言えません。冒頭の壊滅という実感は、これらの数字の空白を埋める現場の声として受け止めるべきものだと考えます。

10.入口のその先

入口が移ったとき、入口で行われていたことはどこへ行くのでしょうか。現場で先達の仕事を間近に見て、手順や作法を身につけていく過程は、かつては地域の結節点で半ば自然に起きていました。新しい結節点がその役割を引き受けるのか、それとも誰も引き受けないまま、道具だけが次の世代に手渡されていくのか。

トラック制作の仕事が壊滅したという言葉は、仕事の量についての言葉であると同時に、この受け渡しの経路についての言葉なのかもしれません。経路がどこへ移り、そこで何が受け渡されていくのか。その行方は、まだ誰にも見えていません。

注・出典

〔注1〕Luminate「Midyear Report 2026」(2026年7月)
https://luminatedata.com/wp-content/uploads/2026/07/Midyear-REPORT-2026-0714-compressed.pdf
〔注2〕AP通信「Luminate's 2026 Midyear Report reveals key streaming trends in music, film and TV」(2026年7月、WSOC-TV掲載)
https://www.wsoctv.com/entertainment/latin-country-surge/Z7SDVJG464YNFHX6XFKHIPZYK4/
〔注3〕Inside Radio「Luminate: Country, Latin Continue Streaming Growth」(2026年7月)
https://www.insideradio.com/free/luminate-country-latin-continue-streaming-growth/article_e44c8fd1-a2c8-4f40-b2a9-ccff310328fb.html
〔注4〕TechCrunch「Music streamer Deezer says more than 50% of daily uploads are AI-generated」(2026年7月21日)
https://techcrunch.com/2026/07/21/music-streamer-deezer-says-more-than-50-of-daily-uploads-are-ai-generated/
〔注5〕Deezer Newsroom「AI music has surpassed 50% of new music uploads for the first time」(2026年7月21日)/MusicTech「44% of music uploaded to Deezer every day is AI-generated」(2026年4月)
https://newsroom-deezer.com/2026/07/ai-music-exceeds-50-percent-daily-uploads-deezer/
https://musictech.com/news/music/44-percent-of-music-uploaded-to-deezer-every-day-is-ai-generated/
〔注6〕DJ Mag「AI-generated music surpasses 50% of daily uploads on Deezer」(2026年7月21日)
https://djmag.com/news/ai-generated-music-surpasses-50-of-daily-uploads-deezer
〔注7〕The Decoder「Insiders liken AI to "the Ozempic of the music industry" as hitmakers reportedly hide their generator use」(2026年3月30日。Rolling Stoneの取材記事を要約した二次報道)
https://the-decoder.com/insiders-liken-ai-to-the-ozempic-of-the-music-industry-as-hitmakers-reportedly-hide-their-generator-use/
〔注8〕Futureproof Music School「Will AI Replace Me as a Music Producer?」
https://futureproofmusicschool.com/blog/will-ai-replace-me-as-a-music-producer
〔注9〕Sound On Sound「AI & Music Tech In 2026」(2026年2月、Sonarworks委託調査)
https://www.soundonsound.com/music-business/ai-music-tech-2026
〔注10〕HIPHOPCs「DJ KANJIインタビュー|自身の全てを受け入れた先に見えたもの」(2026年9月22日)
https://hiphopnewscs.jp/2026/09/22/dj-kanji-interview-the-soul/
〔注11〕リアルサウンド「『フリースタイルダンジョン』はなぜ人気?」(2016年4月)
https://realsound.jp/2016/04/post-6974.html
〔注12〕HIPHOPCs「EXODUSとBLOCKは何を生み出してきたのか?NevalOneが語るクラブカルチャーの現在地」(2026年10月20日)
https://hiphopnewscs.jp/2026/10/20/nevalone-exodus-block-interview/
〔注13〕KAI-YOU「ヒップホップイベント『STARZ 2026』開催日が発表」(2026年)
https://kai-you.net/article/96807
〔注14〕音楽ナタリー「『ラップスタア』今年も始動」(2026年)
https://natalie.mu/music/news/672921
〔注15〕KAI-YOU「ヒップホップフェス『POP YOURS 2026』第2弾アーティストにMasato Hayashi、SEEDA、柊人ら」(2026年1月)/同「PUNPEE、ヒップホップフェス『POP YOURS 2026』スペシャルライブに出演決定」(2026年2月)
https://kai-you.net/article/94321
https://kai-you.net/article/94591
〔注16〕KAI-YOU「ヒップホップフェス『POP YOURS 2026』YouTubeで生配信決定」(2026年)
https://kai-you.net/article/95016
〔注17〕ニッセイ基礎研究所 久我尚子「Well-being時代の飲酒行動 20代の6割が『ほぼノンアル』、飲み方にも多様性」(2025年5月27日)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/82055_ext_18_0.pdf?site=nli
〔注18〕リアルサウンド「漢 a.k.a. GAMIが語る、ラップと日本文化の接点」(2015年7月)
https://realsound.jp/2015/07/post-3819.html
〔注19〕Resident Advisor「Universal Music Group settles copyright lawsuit with AI music firm Udio」(2025年10月30日)
https://ra.co/news/83897
〔注20〕SiliconANGLE「Warner Music inks Suno deal amid cooling tensions over AI-generated music」(2025年11月25日)
https://siliconangle.com/2025/11/25/warner-music-inks-suno-deal-amid-cooling-tensions-ai-generated-music/
〔注21〕CMS「Germany - GEMA v. Suno, 31 July 2026」
https://cms.law/en/gbr/publication/artificial-intelligence-and-copyright-case-tracker/germany-gema-v.-suno-31-july-2026
〔注22〕PPC Land「Reservoir sues Suno for $157.5m over 1,050 songs in AI training data」(2026年10月)
https://ppc.land/reservoir-sues-suno-for-157-5m-over-1-050-songs-in-ai-training-data/
〔注23〕Music Business Worldwide「With a new CFO, three licensing deals, and $775M+ raised, what's stopping $5.4B-valued Suno from an IPO?」(2026年10月)
https://www.musicbusinessworldwide.com/with-a-new-cfo-three-licensing-deals-and-775m-raised-whats-stopping-5-4b-valued-suno-from-an-ipo/