1.250円のシングルが映す価格の逆行

レコードからCD、そしてストリーミングへ。音楽を聴く手段はこの数十年で幾度も様変わりしました。しかし、ひとつの楽曲が消費者からいくらの対価を受け取っているのかという一点に目を向けると、その変化の物語は驚くほど単純ではありません。

1980年代、国内で流通していたEPシングルレコードの価格は、おおむね300円台から700円台の幅にありました〔注1〕。一方で、現在のデジタル音楽配信における単曲の購入価格は、多くのプラットフォームで250円前後に設定されています〔注2〕。つまり単曲の対価は「変わらず止まっている」のではなく、名目上の価格としてはむしろ下がっているのです。

この40年余りの間に物価が緩やかに上昇してきたことを踏まえれば、名目価格の下落は、実質的にはさらに大きな目減りを意味していると考えられます。1曲を生み出すために必要な作詞、作曲、演奏、録音、編集という工程の総量は、当時も今も決して軽くなってはいません。むしろ録音技術や編集に求められる精度は年々高まり、制作に投じられる時間と専門性はむしろ増しているとも言えます。それにもかかわらず、その対価を示す数字だけが、時代を追うごとに縮んでいく。これは奇妙としか言いようのない現実です。

2.シングル盤というビジネスの宿命

もっとも、音楽産業がそもそも単曲の売上だけで成立する巨大なビジネスであったことは、過去においても一度もありません。シングル盤の売上はあくまで入口であり、そこから派生する歌番組への出演、地方公演、テレビやラジオへの露出といった複合的な活動の総体が、業界全体の経済を支えていました。レコードを一枚買うという行為そのものよりも、その楽曲を介してアーティストの存在が世の中に流通し、関連する出演や催事、グッズといった周辺の経済が動いていくことの方が、実際の収益構造としては大きな比重を占めていたのです。

楽曲そのものの対価が常に小さく見積もられがちであったという立ち位置は、アナログの時代から今に至るまで、本質的にはほとんど変わっていないように見えます。録音という行為そのものに対する経済的評価が、業界の周辺で発生する別の収益によって補われる構造が常態化していたために、楽曲単体の対価が不当に低く見積もられていたとしても、業界全体としてはそれが見過ごされやすかったのではないかとも考えられます。この構造は、ストリーミング時代に入っても形を変えて継続しているように見えます。

3.1曲、30万枚売れたとして

その小さな対価が、実際にどれほど作家の手元に届いていたのかを、より具体的な数字で確かめてみます。当時のEPシングルの定価をおよそ600円、A面とB面の2曲入りと仮定し、これが30万枚売れたとします。

著作権使用料は、現行のJASRAC規定にある算定方式を参考にすると、定価の6%を曲数で割った額が1曲あたりの単価となります。市販CDの場合、著作権使用料は販売価格の6%と定められ、オーディオ録音という分野の管理手数料は使用料の6%とされており、利用者から徴収した金額の94%が権利者に分配される仕組みになっています〔注3〕。この方式を当てはめると、600円の6%は36円、これを2曲で割ると1枚あたり18円という単価が導き出されます。これに30万枚を乗じると、A面1曲分の著作権使用料の総額は540万円です。ここからJASRACの管理手数料6%が差し引かれ、権利者全体に分配される金額は507万6000円ほどに圧縮されます。

さらに、この使用料の半分が音楽出版社の取分として差し引かれる契約形態が一般的であったことを踏まえると、作詞家と作曲家の取分を合わせた金額は253万8000円程度に留まります。これを作詞家・作曲家で均等に分けると、それぞれの手元に入る金額はおよそ127万円という数字になります。30万枚という、決して小さくないヒットの規模であってもなお、ひとつの楽曲を生み出した作詞家・作曲家それぞれの取分は、100万円台前半に留まるのです。

ここで留意しておきたいのは、この数字がいわゆる編曲家には及ばないという点です。編曲という創造的な作業に対しては、著作権使用料の分配が自動的に発生する仕組みにはなっておらず、編曲家への報酬は多くの場合、制作を依頼する側が一括で支払う買い取り形式によって担われています〔注4〕。つまり録音物としての完成度を高める工程に関わった人物の対価は、著作権使用料という安定的な仕組みの外側に置かれたままになっているのです。レコードという物理的な媒体を介した時代から、配信という非物質的な手段に移った現在まで、作家の懐に実際に入る金額の規模そのものは、皮肉なほど一貫しているのです。

4.ストリーミングという見えない再分配

ストリーミングの時代に入って、この構造はさらに見えにくい形で続いています。配信1回あたりの再生による収益は、サービスや条件によって異なるものの、おおむね0.2円から1円程度とされています〔注6〕。1億回再生されたとしても、その総額は2000万円から1億円程度に過ぎず、そこから原盤権利者や著作権者への分配を経た後に、実演者本人の手元に残る額はさらに小さくなります。1曲がどれほど広く聴かれたとしても、その実感と、実際に手元に届く金額との間には、依然として大きな距離が残されているのです。

海外の一部の事例では、原盤権を持つレーベル側の取り分が10%から15%程度に抑えられ、アーティスト側に60%から70%が渡る配分構造も報告されていますが〔注7〕、これには制作費が含まれていると考えられ、日本国内の商流とは前提そのものが異なっています。日本では録音という最も資金と時間を要する工程に出資した側が、その後の収益分配において優位な立場に立てるとは限らない契約形態が一般的であり、対価の行き先そのものが構造的に見えづらくなっています。

5.原盤権という慣習の不透明さ

この見えづらさは、単価の低さだけが原因ではありません。そもそも原盤権というものは法律上明確に定義された権利ではなく、原盤制作、つまり録音という行為にお金を出した側とレコード会社との間の取り決めに過ぎないという指摘があります。さらに、商業用レコードの放送二次使用料などの隣接権使用料については、原盤の供給を受けているだけのレコード会社側にすべて渡る慣習が長く続いており、レコード協会に加盟していない原盤供給者はその分配を受けられないとされています〔注5〕。この分配しない慣習について合理的な理由は明らかになっていません。

つまり、録音という最も資金と時間を要する工程に出資した側が、その後に発生する収益から制度的に切り離されやすい構造が、レコードの時代から今に至るまで続いているということです。単価の低さという見えやすい問題の背後には、誰がどれだけの対価を受け取る権利を持つのかという、より根の深い制度的な不透明さが横たわっています。

6.回収できないロングテールの時代

加えて、ストリーミング時代特有の現象として、楽曲のロングテール化が進んでいることも見逃せません。実際に再生される楽曲は全体のごく一部に過ぎず、ある年に1回も再生されなかったトラックは全トラックの26.2%を占めるとされています〔注8〕。これは、新しく生み出された楽曲が即座に収益化される機会そのものが、年々狭まっていることを示しています。

録音という先行投資は変わらず発生し続けるにもかかわらず、それを回収する道筋だけが細くなっていく。実際に、現場で制作される楽曲の予算感を見ても、アレンジから録音、ミックス、マスタリングまでを含めた制作費が、楽曲1曲あたり数十万円規模になることは珍しくありません。配信という収益化の入口が広く開かれているように見えながら、実際にその入口を通過して投資を回収できる楽曲はごく一部に限られている。これもまた、媒体は更新されても制度が更新されないまま放置されてきた結果のひとつだと言えるでしょう。

7.制度の再設計という結語

アナログからデジタルへ、流通の形は幾度も塗り替えられてきました。シングル盤の時代から配信の時代まで、楽曲そのものの対価は常に過小評価されがちな立ち位置にあり、その分配の仕組みも一貫して不透明なまま引き継がれてきました。しかし、対価を分配する仕組みそのものは、驚くほど更新されてこなかったのではないでしょうか。

デジタルデバイスを介して表現物が流布されることは、もはや後戻りのできない文明的な前提です。だとすれば、必要なのは過去の音楽中心のビジネスモデルへの未練ではなく、その前提に即した対価の制度を、今あらためて構想することではないかと考えています。

注・出典

  1. 〔注1〕EPレコードの価格帯については、レコウール「興味津々!レコードのリリース当時の値段てどのくらい?」を参照した。
  2. 〔注2〕デジタル単曲配信の価格については、iTunes Storeの公開価格情報(150円・200円・250円のいずれか)を参照した。
  3. 〔注3〕著作権使用料の算定方式については、「音楽著作権バイブル第18回 印税計算の知識を見につける」(ongakusyugi.net、2019年)および現行JASRAC使用料規定(オーディオ録音)を参照した。本文中の計算は、定価600円・収録2曲・売上30万枚という仮定条件にもとづく概算であり、1980年代前半当時の正確な料率を示す一次資料は確認できていない。当時の定価や出版社との取分契約が異なる場合には、結果は変動する。
  4. 〔注4〕編曲家への報酬の仕組みについては、近藤薫「【音楽著作権・印税の分配】作詞家・作曲家・編曲家・音楽出版社への『取り分』はどう決まる?」(2025年4月)を参照した。
  5. 〔注5〕原盤権および隣接権使用料の分配慣習については、岩崎将史「音楽CD・レコード制作における著作権使用料の分配方法」(masafumiiwasaki.com、2022年)を参照した。
  6. 〔注6〕ストリーミング再生単価については、松谷創一郎「アーティストにとってサブスクは地獄の入り口か?」(Yahoo!ニュースエキスパート)を参照した。
  7. 〔注7〕海外における配分構造については、経済産業省「音楽産業の新たな時代に即したビジネスモデルの在り方に関する報告書」(2024年7月)を参照した。
  8. 〔注8〕楽曲の再生分布については、同報告書を参照した。米国の調査では、ストリーミング再生されるものは全体の0.2%程度であり、ある年に1回も再生されなかったトラックは全トラックの26.2%を占めるとされている。