AIによる生成技術が急速に普及する中で、音楽出版の在り方そのものが根底から問い直されています。これまで音楽出版は、人間が作曲や編曲、歌詞や演奏を担い、出版社やレーベル、レコーディングスタジオを経由して社会に届けられてきました。しかし今や、生成AIは膨大な旋律や歌詞を瞬時に作り出し、スタジオに持ち込まれる素材も大きく変わっています。
本稿では、第一にAI生成物が出版物として成立する条件、第二に既存の音楽出版の形態が崩壊しつつある現実、第三にレコーディングスタジオの役割変化とその違和感、そして第四にその課題を解決するAI管理ディレクターという新職能の可能性を検討します。
出版物の成立には二つの層があります。第一は形式的流通層であり、ISRCやISBNを付与すれば社会的に出版物として流通可能です。第二は権利保護層であり、著作権や隣接権によって収益や保護が成立します。
AI生成物は前者の層では出版可能ですが、後者の層では制約が大きいことが明らかになっています。米国著作権局は2025年に「AI単独生成物は著作権保護の対象にならない」と明言しました【1】。判例 Thaler v. Perlmutter でも同様の判断が下されています【1】。日本文化庁も「AIが自律的に創作したものは著作物に該当しない」と整理しています【2】。EUもAI Actによって透明性義務を課し、AI利用の明示を出版条件に組み込もうとしています【3】。
したがって、AI生成物をそのまま出版することは可能であっても、権利保護と収益を伴う出版物にするためには、人間の修正や編集、演奏や構成といった創作的関与が不可欠なのです。
生成AIは既存の音楽出版の秩序を急速に揺さぶっています。この危機は、供給の側面と権利・市場の側面の双方で顕在化しています。
これらは、従来の「作品制作→出版契約→流通→印税回収」というモデルが機能不全に陥りつつあることを示しており、長く維持されてきた音楽出版の実務や倫理観、業界慣行が一気に崩壊する強い危機感があります。
制作環境の民主化によって、誰もがAIツールを用いて楽曲を完成させられるようになりました。その一方で、AI生成作品を出版するには、制作ログの保存、クレジットの適正管理、AI利用の開示といった新しい課題が不可欠になっています【8】。
そのため、レコーディングスタジオは、クライアントに対して契約リスクや権利分配を説明するなど、コンサルティング的な役割を担わざるを得なくなっています。
ですが、ここには大きな違和感があります。スタジオとは本来、アーティストの声や音に魂を宿し、創造を形にする場所です。そこにリスク管理や契約助言といった役割を追加で背負わせることは、本質的に非効率であり、本来の創造的職能を損なう懸念があります。スタジオのエンジニアやディレクターが、本来の創造業務に加え、AI利用のリスク管理という専門的な知識を背負うことは、現場の負担を増大させます。
この「専門的な空白」を放置すれば、スタジオの創造的役割と実務的要求との間で矛盾が拡大していきます。そしてまさにこの空白を埋め、スタジオを本来の創造の場に戻す役割として、新しい職能であるAI管理ディレクターの必要性が浮かび上がるのです。
AI管理ディレクターとは、AIを利用した制作物の透明性と信頼性を担保する専門職です。この職能が、スタジオが抱えるコンサル的役割の負担を軽減し、制作現場に創造性を回復させます。
その具体的な業務内容は、以下のように整理できます。
すでに大手企業では「AI Automation Director」や「Prompt Engineer」といった職種が求人に現れており【9】、研究者も「AI Wrangler」や「機械学習エディター」といった概念を提唱しています【10】。これらの動きは、AI管理ディレクターが単なる未来像ではなく、創造と管理を両立させるために不可欠な実務職能として確立することを強く示唆しています。
AI時代の音楽出版を総合すると、次のように整理できます。
AI生成物は出版物として流通可能である一方で、著作物としての保護や収益の基盤は人間の創作性に依存します。レコーディングスタジオは録音の場を超え、出版の透明性と責任を担保する存在へと変化していますが、その変化は創作現場からの乖離という違和感を伴います。だからこそ、AI管理ディレクターという新しい職能が登場し、役割を分離・専門化することによって、創造と管理が両立できる新しい秩序が形成されていくと考えます。AI時代の出版の未来は、私たち自身がどのように役割を翻訳し直すかにかかっています。